横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)1456号 判決 1978年7月14日
原告 坂本誠士
右訴訟代理人弁護士 田中学
被告 川村隆信
右訴訟代理人弁護士 佐々木功
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 被告は原告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物の架台部分を取りはずせ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(予備的請求)
1 被告は原告に対し、金五〇〇万円およびこれに対する昭和四九年一〇月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は別紙物件目録記載(三)の土地(以下、原告所有土地という。)を昭和四二年一一月一三日藤和不動産株式会社から買い受け、右土地上に昭和四三年八月ころ別紙物件目録記載(四)の建物(以下、原告所有建物という。)を建築し、原告の妻、子供二人とともに右建物に居住している。
2 被告は原告所有土地の南側に隣接する別紙物件目録記載(一)の土地(以下、被告所有土地という。)を所有し、右土地上に昭和四九年三月末ころ別紙物件目録記載(二)の建物(以下、被告所有建物という。)を建築し居住している。
3 原告所有土地は被告所有土地より約一メートル高いが、被告所有建物は床下に高さ約三メートルの架台が設置されているため、被告所有建物は原告所有土地より高いところに位置している。
4 ところで、原告所有建物は、その建築当時被告所有土地が更地であったため、冬至で午後三時ころから樹木による若干の日影を受ける以外は終日日照を得られる極めて良好な生活環境にあったが、被告所有建物建築後は、原告所有建物に対する日照時間は、一階南側開口部の約五〇パーセントにつき午後一時三〇分ころから午後三時ころまでの約一時間三〇分、一階東側開口部の約四〇パーセントにつき午前九時から午前九時三〇分までの約三〇分間にすぎず、一階南側の被告所有建物に最も近い小窓(幅九〇センチメートル、高さ八〇センチメートル)には終日日照がない。また、二階南側開口部においては四時間から五時間三〇分ほどの、二階東側開口部においては二時間から三時間ほどの日照が得られるにすぎない。さらに、被告所有建物には架台が設置されているため、原告所有建物への圧迫感が著しく、間接的採光や通風も悪化した。
5 原、被告各所有土地は、現在第一種住居専用地域であり、建築面積の敷地面積に対する割合は一〇分の四、延べ面積の敷地面積に対する割合は一〇分の六である。
被告所有土地の南側には幅員五・六メートルの道路を隔てて五階建マンションがあるほかは周辺に高層建築物もなく、横浜でも静かな、環境の良い住宅地である。
6 原告は、被告所有建物建築工事に対し建築工事禁止仮処分(当庁昭和四八年(ヨ)第一一七八号)を申請したが、審尋中に右建物が完成したので、必要性なしとの理由で却下された。しかして原告は、被告所有建物の架台が除去されることにより、日照、通風、圧迫感の点で若干原状を回復することができるものである。
7 仮に架台撤去の請求が認められないとすれば、原告所有土地、建物の経済的価値は約二〇パーセント減少すると解されるところ、原告所有土地の価格は三・三平方メートル当り金七〇万円として金三〇四五万円であり、その二〇パーセントは金六〇九万円であるから、結局原告の損害額は金五〇〇万円を下らない。
8 よって、原告は被告に対し、原告所有土地、建物の所有権に基づく妨害排除請求として被告所有建物の架台部分の取りはずしを、予備的に不法行為による損害賠償請求権に基づき金五〇〇万円およびこれに対する不法行為後である昭和四九年一〇月二二日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因事実第1項のうち、原告所有建物の建築時期、原告の家族関係は不知、その余は認める。
2 同第2項は認める。
3 同第3項のうち、架台の高さは争うが、その余は認める。被告が架台を設置せざるを得なかったのは、被告所有土地の南側に五階建マンションが建設されたため、被告は一日の大半は日照を完全に阻害されることになったからであり、真にやむを得ない事情に基づくものである。
4 同第4項のうち、冬至において、一階東側開口部の日照時間が約三〇分間であること、一階南側の被告所有建物に最も近い小窓については終日日照が得られないことは認めるが、被告所有建物建築以前の原告所有土地、建物の状態は不知、その余は否認する。
まず、冬至において、原告所有建物の一階南側開口部における日照時間は、午前一〇時すぎから午後三時ころまでの約五時間である。出入口にあたる大きい開口部に日照がないのは、右開口部がその上側に繁茂する藤柵の陰になるためである。なお、原告所有建物の一階はその全体が一部屋となっているから、たとえ東側開口部における日照時間が約三〇分間であるとしても、南側開口部における日照時間を合わせ考えれば、原告は一階だけで少なくとも五時間の日照を享受していることになる。
次に、二階の四部屋のうち、北東の居室においては二時間三〇分、南東の居室においては五時間、南西の居室においては六時間の日照をそれぞれ得ている。
ところで、横浜市日照等指導要綱によれば、第一種住居専用地域における日照時間は、冬至の午前九時から午後三時までの間の合計日照時間が住居の一以上の居室の開口部において四時間と定められているが、原告の場合仮に右要綱が適用されるとしても、前記のとおり右基準をはるかに越える日照時間が確保されているから、原告の日照阻害の程度は受忍限度を越えるものではない。
また、原告所有土地はその北側および西側を道路に囲まれた角地にあり、東側、南東側は空地であるうえ、地面が被告所有土地より約一メートル高く、しかも南傾斜の土地の上部に位置しているから、被告所有建物による圧迫感は全くなく、採光も充分確保でき、むしろ南側前面を高さ二〇メートル、幅九〇メートルの五階建マンションに塞がれた被告よりもはるかに好位置にある。
5 同第5項のうち、五階建マンションのほかは周辺に高層建築物がないことは否認し、その余は認める。原告所有土地は横浜駅西口から自動車で三分ほどの高級住宅地にあり、近隣には原告主張の五階建マンションのほか、五洋建設株式会社寮(鉄筋四階建)、日本航空株式会社寮(鉄筋五階建)等の中高層建築物が散在している。なお、被告所有建物は建築基準法に適合した適法建築物である。
6 同第6項前段は認めるが、後段は否認する。
ただし、原告申請の仮処分は現場検証もなされ、原告の主張は全く理由がないとして却下されたものである。原告は架台の撤去を主張するが、被告所有建物は完成してすでに数年を経過し、そこで被告とその家族計五人が生活しているのであるから、架台撤去は物理的、経済的、社会的に不可能である。
7 同第7項は争う。
三 被告の主張
1 原告主張の日照阻害は、原告自身の行為に基づくものである。すなわち、原告は原告所有土地を購入するに際し、一区画三四七・一四平方メートルとして販売されていた土地を無理に細分化させ、その一部である僅か一四三・八〇平方メートルを一区画として買い受けたため、日照阻害の問題を生ずることになったのである。しかも原告は、一般に住居は敷地の南側をあけて建築するという常識を無視して南側の庭を狭くし、被告所有土地との南側境界線〇・六メートルにまで迫って原告所有建物を建築した。さらに、現実の原告所有建物は、その二階部分の面積が建築確認申請受付台帳の記載より広いなど建築基準法にも違反している。
2 他方被告は、原告所有建物への日照阻害につき害意がないばかりか、むしろ被告所有建物建築にあたり、横浜市日照相談室や建築指導課等の指導を受けたほか、建物の高さを被告の当初の希望より〇・九メートル低くし、二階部分を東側に約三メートル寄せ、被告所有建物の北側壁面を北側境界線から一・三メートルも離すなど、原告所有建物がより多くの日照を享受することができるよう種々の配慮をした。
3 したがって、仮に原告所有建物に対する日照阻害が認められるとしても、社会生活上一般に受忍すべき限度内のものであり、しかもそれは原告が自ら招いた結果というべきであるから、被告に対する請求はいずれも理由がないといわなければならない。
第三証拠《省略》
理由
一 原告は昭和四二年一一月一三日、藤和不動産株式会社から原告所有土地を買い受け、右土地上に原告所有建物を建築して右建物に居住していること、被告は原告所有土地の南側に隣接する被告所有土地を所有し、右土地上に昭和四九年三月末ころ被告所有建物を建築して居住していること、被告所有土地は原告所有土地より約一メートル低いが、被告所有建物は床下に架台が設置されているため、結局原告所有土地より高いところに位置していること、原告は被告所有建物建築工事に対し建築工事禁止仮処分(当庁昭和四八年(ヨ)第一一七八号)を申請したが、必要性なしとの理由で却下されたことはいずれも当事者間に争いがない。
二 《証拠省略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
1(一) 冬至における原告所有建物への日照時間は、一階東側開口部において午前九時から午前九時三〇分ころまでの約三〇分間(一階東側開口部の日照時間が約三〇分間であることは当事者間に争いがない。ただし、事実上午前九時以前にも約二時間の日照を受けている。)、一階南側開口部において正午ころから午後三時までの約三時間、二階東側開口部において午前九時から午前一一時までの二時間(ただし、事実上午前九時以前にも約二時間の日照を受けている。)、二階南側開口部においては午前九時から午後二時までの五時間、二階西側開口部においては午後二時から午後三時までの一時間であること。
(二) 原告所有土地は、その北側および西側を幅員五メートルの道路に囲まれた角地にあり、東側および南東側隣地は空地であるうえ、南傾斜の丘陵型地形のほぼ頂上部に位置していること。
(三) 被告所有建物は原、被告各所有地の境界線に平行して建てられているが、原告所有建物はこれに正対しておらず、最も土地境界線に近い建物東南角において境界線との距離が僅か六五センチメートルと近接しているものの、同建物の同東南の端から建物の中心部、更に西北端に向うにしたがって同建物と土地境界線との間の距離は次第に広がり、このような関係で、被告所有建物が建ったことで原告所有建物からの眺望が害されるに至ったことは肯けるにしても、通常人を基準にして耐え難い圧迫感を蒙むるに至ったことは認められず、そのほか被告所有建物による日照、通風および採光の阻害ならびに圧迫感などのため、原告所有建物に被害が生じたり、原告やその家族の健康状態および精神状態に被害が生ずるなど何らかの財産的または精神的損害が生じたとは認められないこと。
(四) しかして、中高層建築物の建設の際に適用すべく昭和四七年一二月に制定された横浜市日照等指導要綱によれば、第一種住居専用地域において確保さるべき日照時間(冬至における午前九時から午後三時までの間の日照を受ける合計時間)は住居の一以上の居室の開口部において四時間と定められているが、右基準は建築物の高さが一〇メートルに達しない被告所有建物を適用の対象とするものではなく(仮に適用されると想定しても、原告は右基準をはるかに越える日照を受けている。)、他に被告所有建物に適用される特別の基準は存しないこと。
2 原告所有土地は、現在都市計画法上第一種住居専用地域にあたり(この点は当事者間に争いがない。)、国鉄横浜駅から北西に約一キロメートルの距離(徒歩で約一五分、自動車で約三分)にある静かな、環境の良い住宅地であること(静かな、環境の良い住宅地であることは当事者間に争いがない。)、被告所有建物の南側には五階建の三ッ沢マンション、原告所有建物の北西側には四階建の五洋建設の寮、さらにその北側には五階建の日本ビクター株式会社の寮、五洋建設寮の東側には三階建の住宅が存在するなど原告所有建物の近隣およびその周辺には中高層建築物が散在していること。
3 被告所有建物は、後記第5項記載の床下に設置された架台をも含め、建築基準法その他の関係諸法規に何ら違反していない適法な建築物であること。
4 被告は被告所有建物建築にあたり、(1)建築基準法上一〇メートルまで認められている高さを八・六八メートル(建築確認申請時の建物の最高の高さであって、弁論の全趣旨によれば現実の高さはこれ以内と認められる。)に抑え、(2)被告所有土地を約三〇センチメートル掘り下げ、(3)被告所有建物の北側壁面(ベランダを除く。)を北側境界線から約一・三メートル後退した線に位置せしめ、(4)被告所有建物の二階を東側に寄せ、二階西側部分を約三メートルあけたほか、(5)横浜市建築局建築指導課や日照相談室などの公共機関の指導を受けるなど、原告所有建物への日照が阻害されないよう種々の配慮をしたこと。
5 被告所有建物の床下には高さ二・三メートルのコンクリート製架台が設置されているが、これは被告所有建物の南側に建設された五階建マンションによる日照阻害を避ける目的のための合理的理由のある措置であり、しかも右架台工事着手に際しては、被告は自己の妻を通じて原告の妻に、現在の被告所有建物についての承諾を得ているなど、被告に害意はなかったこと。
6 被告所有建物はすでに完成され、被告は昭和四九年四月二日から右建物に被告の母、妻、子供二人とともに居住していること。
以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》
右認定の事実および前記一記載の当事者間に争いのない事実によれば、原告の受けた被告所有建物建築による日照、通風、採光等の阻害の程度は、原告所有建物への日照時間、原告住居地の地域性、被告側における建築基準法その他関係諸法規遵守の事実、被告が被告所有建物建築の際にとった日照阻害に対する防止措置の内容、被告所有建物建築に到るまでの経緯、被告に害意その他権利の濫用に該る事実の認められないこと、その他本件訴訟にあらわれた諸般の事情に照らし、その付近に居住する者として社会生活上一般に受忍すべき限度を越えたものということはできないから、被告が原告所有土地、建物の所有権内容の実現を妨げていることを前提として架台部分の撤去を求める主位的請求はもちろん、被告所有建物建築による日照阻害等が受忍限度を越えていることを前提として損害賠償を求める予備的請求も認められないというべきである。
三 よって、原告の各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安井章 裁判官 矢崎博一 裁判官大塚一郎は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 安井章)
<以下省略>